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浅草再発見−芸者研修

浅草見番"" 午後の研修では、浅草見番にて千葉慶二氏(東京浅草組合事務長)より浅草芸者に関して以下のお話をうかがった。

1.お座敷とは
・料亭のお座敷で行われるもの。料理と酒で気持ちが和らいできたところで踊りを見るのが本来の姿で、時間は2〜3時間。
芸者のお座敷での仕事の流れ:お客様を出迎え、話をしながら酒のお酌→30〜40分の歓談後、踊り→再びお客様と歓談→ゲーム→終了。

浅草の芸者さんの挨拶 2.浅草の芸者さん
・一本さん、見習いのお酌さんともにかつら。襟足には、2本か3本の「山」を描く。
・お酌さんが3〜4年の経験を積み、一本さんになる。お座敷に出る年齢は18歳からで、それまでは稽古を積む。この道に入る年齢はさまざま。

3.花柳界
1)システム
お客様 → 料亭 → 見番 → 置屋
お客様→料亭:いつ、何人で行くと連絡。芸者さんを呼んでほしい場合はその旨伝える。
料亭→見番:芸者さんの予約を依頼。
見番→置屋:芸者さんを手配

2)芸者さん
扇舞 ・踊る人は「立ち方」、踊らずに三味線を弾き歌う人が「地方」。「地方」も芸者さんで、躍りのための演奏をしなければならない。地方にならず、立ち方を続ける76才位の芸者さんもいて、ベテランの立ち方が若い人を育てる。
・作法・踊り・茶道・太鼓や笛を最初に学び、その後、三味線や歌も学ぶ。

3)花柳界
・花柳界は日本にしかない文化ゆえ、大切にしたい。浅草には外国人の芸者さんが1人いて、「このような日本文化を世界に伝えたい」という目的で働いている。

投扇興 ・全国料理業生活衛生同業組合連合会に加盟している都内の花街は6箇所で、所属する現役の芸者さんは計300人位。
・江戸末期に食事や茶をふるまう店が浅草寺付近にあり、そこに客をもてなす女性がいて、これが浅草芸者のルーツとされる。大正初期、浅草には料亭や待合が300軒位あり、1000人位の芸者がいた。関東大震災で浅草花柳界は壊滅したが、復興。昭和20年(1945年)3月の東京大空襲で再び壊滅。昭和21年(1946年)秋には組合の母体となる組織ができた。現在でも浅草の花柳界は安心して遊べる場所であるので外国人観光客も呼び込んで盛り上げて行きたい。

(福西 雅子)

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