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明治村

帝国ホテル中央玄関 「チョンマゲ頭を叩いてみれば因循姑息【いんじゅんこそく】の音がする、ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と歌われたように、明治は西洋文化を積極的に取り入れ近代日本の基盤を築いた時代であった。「博物館明治村」研修では貴重な建物だけでなく、明治の人々の情熱や「モノづくり日本」の技術力を発見することができた。


明治村の成り立ち
東宮御所の和風別館などを手がけた建築家で初代館長の谷口吉郎氏は、1940(昭和15)年に明治の代名詞でもある「鹿鳴館」が戦争という時代背景や思想により、何の予告もなく壊されたことに愛惜を感じた。明治時代の価値ある建物の保存を訴え、旧制高校の同級生で当時の名古屋鉄道副社長、土川元夫氏等の協力により1965(昭和40)年3月18日、名古屋市近郊の犬山市に明治村をオープンした。開村当時の建物は15棟、現在は建物64棟、車両3両が展示されており、10棟が重要文化財に指定されている。

西郷従道邸 明治の擬洋館
明治の建物は主にヨーロッパから東南アジア又はアメリカを経由して日本に入って来た。途中、その国々の気候、風土、人々の暮し方に適するよう改良され、欧米本国のものとは大きく違う日本風にアレンジされた建物に変化していった。又、日本人大工による見様見まねで造った擬洋風建築もあり、ちょっと勘違いしたデザインの柱や装飾品を発見しながら明治村を回るのも楽しい。

錦絵の中に見る明治
東京高輪付近の海岸を走る機関車の錦絵がある。鉄道は開業当初、機関車、技術、システムなど全てをイギリスから輸入した。しかし土地買収が上手く行かず処々、線路が海を通っていた。明治村にはフランス人技師によって日本で3番目に建てられた品川灯台が展示されている。5番目以降は鉄道同様、イギリス人技師によって設計された。当時は品質や技術力ではなく、国と国との関係が大きく建物や車両にも影響していた。

鉄道寮新橋工場・機械館 「トヨタ自動車」の原点
村内の鉄道寮新橋工場・機械館にはイギリス・プラット社製の紡績機械が展示されている。昭和の初め、トヨタ自動車の源流である豊田自動織機がプラット社に優るG型織機を開発。当時、世界一だったプラット社がG型織機のパテントを購入、その資金を元に豊田自動織機が自動車を開発したとも言われている。プラット社はその後、倒産したが、プラット社がなければ紡績産業も生まれず、今日のトヨタ自動車も存在しなかったかもしれない。

(友師 康子)

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