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イチョウ

東京都のシンボル イチョウの木 イチョウの木は、都内のいたるところに街路樹として植えられ、東京都のシンボルの木であり、その葉は東京都のマークとなっています。このマークは都営地下鉄の入り口やごみ清掃車についているので、ご存知の方も多いでしょう。

イチョウの木は、1億5千万年前に生息していたことが化石から明らかになっています。5千万年前は最盛期で、世界中どこでも自生していました。しかし、氷河期に入り比較的暖かかった中国を除いて、イチョウの木は絶滅しました。
日本へは鎌倉時代に伝わったようで、青桐と同じように火に強く、江戸時代には火事に備えて寺や神社によく植えられたために、東京ではイチョウの木が多いのです。鎌倉の八幡宮のイチョウは、樹齢千年と言われているので、 渡来してすぐ植えられたものと思われます。

イチョウもギンナンも漢字で書けば、同じ“銀杏”です。イチョウの葉のことをその形から中国語で“鴨脚”(ヤアチャオ)と言い、そこから日本語のイチョウになりました。ギンナンの方は、“鴨脚”では雅さにかける ため、銀杏(ギンキョウ)と呼ばれ、宋音でギンアンと発音するので、そこから日本語のギンナンになまりました。中国では、成長が遅く祖父の代に植えて孫の代に実を結ぶことから「公孫樹」という別名もありますが、今では“銀杏”が一般的に使われています。ギンナンの実のことを“白果”というので、“白果樹”とも呼ばれます。

イチョウは1科1属1種、雌雄異株で、勿論ギンナンは雌の木にしかなりませんが、挿し木でもつくたいへん繁殖力のある木です。札幌の北大付属植物園では、枝が横に広がって生えているのが雌の木で、上に向かって生えて いるのが雄の木だと説明されていました。
あたり一面に落ちているギンナンは、外国に持っていって植えるので見学者は持ち帰らないで下さい、という立て看板がありました。

中国では建築や彫刻に使われるだけでなく、「頭に良い」と考えられ、その葉が漢方薬として5,000年にわたって利用されてきました。肺の働きを高め、尿のコントロール、体力増強にもよいそうです。また、生命力を支えて いると言われるフラボノイドが豊富に含まれ、老人性痴呆症予防、記憶力維持に効果があるということが明らかになっています。ドイツやフランスでは、イチョウの葉エキスが30年以上も前に医薬品として認可され、痴呆症の 治療に使われて成果をあげているとのことです。

イチョウの木 ドイツ人の医者、植物学者、旅行家であるエンゲルベルト ケンプファー(Engelbert Kaempfer 1651-1716  日本ではケンペルとオランダ読みする)が、インドネシアの東インド会社を経由して長崎を訪れ(1690-1692)、 そこで初めてイチョウの木を見ました。彼は、将軍綱吉に会うため2回箱根を越えた際、箱根の自然を本に書いて 世界に紹介した人でもあります。彼の手書きの草稿は、その後、大英博物館が購入し、今はそこに保存されて います。彼は日本のイチョウの種を持ち帰って、オランダのユトレヒトの植物園に植えました。その木は現在でも 残っているそうですが、ここからヨーロッパじゅうにイチョウの木が広まっていったのです。ヨーロッパにある イチョウの木が、日本のイチョウの種から生まれたなんて、知らない人も多いのではないでしょうか?

イチョウの木の学名は Ginkgo biloba と呼ばれます。初めの Ginkgo は、ケンプファーが Ginkyo を Ginkgo と書き間違えたようです。2つ目の biloba は2つに浅く裂けた葉という意味で(bi-は2つ、lobaは葉)イチョウの葉の形を表しています。

イチョウの木は18世紀の中ごろドイツに移植されました。1815年、ゲーテ66歳の時に書いた有名な詩があります。

 これは 東洋からやってきて 私の庭に植えられた木の葉です
  (中略)
 もともと1枚の葉が裂かれて 2枚になったのでしょうか
 それとも 2枚の葉が相手を見つけて 1枚になったのでしょうか
 私は1枚の葉であり あなたと結ばれていることを
 あなたはお気づきになりませんか

ゲーテは、2枚の葉が割れて1枚につながっているイチョウの葉を男女の愛の象徴とみました。彼は、ハイデルベルグの古城の庭にあった1枚のイチョウの葉をつけて、愛する女性に詩を贈ったのです。いいですね、こういう プレゼント!
当時は珍しいエキゾチックな木だったのでしょう。

(山田 美重子)

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