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ガイドはマルチタレント!

イラク人研修生と鎌倉大仏殿にて 鎌倉ウォーキングツアーでガイドデビューを果たしてから丸4年半が経ちました。前日まで「この私がお給料をいただいて英語で外国人を案内するなんて!」と興奮と不安とで武者振いしそうになったことを今でも覚えています。その数ヶ月後には日光ツアーで初めての車内ガイディング。最後のご挨拶の後にいただいた拍手とお客様の笑顔は一生忘れることはできません。

10年前の20代半ば頃、会社勤めをしていた私はいつも「自分にとって一生の仕事は何だろう」ということを考えながら悶々と過ごしていました。英会話もままならない自分が将来通訳ガイドを生業とするだろう、などということはその頃夢にも思いませんでした。それほど未来とは自分の予想をはるかに超えたものなのですね。H社主催の都内観光ツアーには通訳ガイドを目指す日本人のお客様がしばしば乗ってこられます。「自分はガイドになれるかしら?」という相談を受けると、昔の自分を見ているようで応援したくなります。ですからいつも「やる気と覚悟を持って臨めば大抵のことは実現できますよ、だから、絶対になりたい、という気持ちがあれば必ずなれますよ」とお話ししています。

箱根大涌谷にて筆者と旅行客 楽観的で、苦労したことも喉元過ぎれば…と忘れてしまう性格のせいか、これまで辛かったという思い出はあまりありません。一方で楽しい思い出はたくさんあります。
この10月には初めて、箱根の湯本富士屋ホテルで"和宴会"を伴うツアーを経験しました。お座敷に芸者さんを呼び、盃を交わしながら三味線や踊りを楽しんだり、金毘羅船々〜♪の歌にあわせてお座敷遊びをします。最後の炭坑節では、米国では権威あるドクターたちが乗ってきてくれるか一抹の不安がありましたが、「ここはガイドが盛り上げなければ」と自ら率先して「Dig, dig,…」と皆さんをリードします。自分が浴衣姿で炭坑節を踊る姿を頭で想像すると恥ずかしいですが、不思議なもので実際に踊り始めるとなんとも解放感があって楽しいのです。ガイドが本気で楽しんでいるのですから、彼らが徐々に乗ってきて盛り上がっていくのに時間はかかりませんでした。その後のカラオケも、最初は皆さん少し恥ずかしがっているので、まずは私がドリス・デイのケ・セラ・セラを歌い、皆を安心させます。結局、「ではもう一曲歌って終わりね」という台詞を3回ほど繰り返してから、予定終了時間を30分以上もオーバーしてお開き、宴会は大成功に終わりました。特筆すべきは昨年JFGで受講した"日本式宴会の司会法"という研修が大変役に立ったことです。

通訳ガイドはよく、"民間外交官"と呼ばれますが、その求められる能力の多様さを考えると"マルチタレント"とも言えるかもしれません。脚本、演出、俳優、時には歌手、お笑いなどを外国語で一人でこなすのですから。10年後の自分に出会うまで、もっといろいろなツアーの経験を重ねていきたいと思います。

(桶谷有紀)

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