日本画と岩絵具

東京・谷中の日本画材店「金開堂」杉田桂子さんから日本画の最大の特徴である岩絵具の基礎知識、岩絵具を通して見た日本絵画の歴史などをうかがいました(2017年2月)

絵具とは、顔料(色を持つ粉体の物質)を展色材(顔料をより広く塗り接着する物質)と合わせたもののことで、顔料+膠(にかわ)=岩絵具(日本画)、顔料+油または亜麻仁油=油絵具(油彩画)といった具合に展色材の違いが絵具の違い及び技法の違いになります。日本画で使用される絵具には「天然岩絵具」「新岩絵具」等があります。天然岩絵具の原料鉱石は約40種類、それを約10段階に粉砕・分級したもので、400〜500色にのぼります(群青・緑青・弁柄・胡粉など)。新岩絵具は1200℃前後で焼成して作った人工岩石を粉砕・分級。変化しにくく耐久性が高いのが特徴で、色数は約1000〜1100色になります。

日本絵画と絵具の歴史は古墳時代まで遡ります。12世紀には主な天然絵具・顔料は出そろい、江戸時代後期までは絵具そのものに大きな変化はありませんでした。江戸時代を象徴する絵画と言えば浮世絵です。関ケ原後、身分・職業を超えた普遍的な現世(浮世)意識が芽生え、このような社会背景の中生まれた浮世絵は、工芸組織・量産形態による日本初の“大衆的お茶の間アート”でした。浮世絵の変遷は使用する絵具と密接に関係しています。墨の肉筆浮世絵→墨摺絵→丹(たん)絵(え)→紅絵→紅摺絵→錦絵 と墨一色から赤、多色へと変化していき、19世紀にベルリンの藍=「ベロ藍」と呼ばれたプルシャンブルーが大量輸入されたのをきっかけに、北斎・広重に代表される浮世絵風景画が登場します。

また、江戸期は狩野派、琳派などが勃興し、画家たちが技巧と熟練の道をたどった重要な時期でもありました。正信、元信、永徳、探幽など著名な絵師が名を連ねる狩野派は室町時代に誕生した絵師集団。漢画を元とし、やまと絵の優雅を取り入れた表現で時の権力者・寺院等の大型作品を請け負いました。対して琳派は、本阿弥(ほんあみ)光悦(こうえつ)、俵屋宗達、尾形光琳・乾山らが創始、発展させた表現様式。京都を中心とした職人・絵師達による工房組織では大胆な構図に金箔・銀箔をふんだんに使ったデザイン性の高い作品が作られ、裕福な町人好みと言われました。

西洋画の影響を大いに受けた明治・大正期を経て、戦後、日本画は大きな変化を見せます。絵を描く材料が絹から和紙へ移行、展覧会・会場芸術などの影響で絵が大型化、こういった変化を受け、人工岩絵具の開発はピークに。海外からの輸入により天然岩絵具の種類も増え、岩絵具の色数は飛躍的にアップし、従来の日本画とは異なる強い物質感も表現できるようになりました。従来あり得なかったテーマで創作した横山操や、日本絵画界の巨匠・平山郁夫や東山魁夷らも戦後に増えた新しい岩絵具に立脚しています。

日本画の最大の特徴である岩絵具。混色ができない、光と影で立体的に描けない等、油絵具に比べ短所と思われる点も多いのですが、それこそが日本画の日本画たる所以。混色できず色数が少ない中でその物らしさを表すには、立体感ではなく雰囲気の“らしさ”で表現する。「朦朧体」などの独特の表現方法はそのよい例です。岩絵具は日本画のアイデンティティーであり、“その不自由さがさらなる可能性と革新を生む材料”なのです。


(楠 あかね)

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