熟年新人ガイド体験記

浅草寺でマレーシアの記者と筆者  私は今、大変エキサイティングな毎日を過ごしています。英語と歴史が好きだったことから ガイド試験に挑戦し、ライセンスを取得しました。すぐ専業として自立したかったのですが、 諸事情により断念し、サラリーマンとしてのキャリアをスタート致しました。ようやく40年た った今、その夢が実現できたのです。

昨年、勧めてくださった方があり、JFGのメンバーとして登録、やっとガイドの仕事を始めま した。まだ語るに相応しい経験はあまり無いのですが、私も企業に勤めていれば当然退職し ている年齢であることを考え、昨今、定年退職を間近に控えた男性たちが、定年後の第二の 人生としてガイドを選択し、また実際にライセンスを取って始められる方が増えてきている こともあり、ささやかな私の経験が何かのお役に立つ事があればと思い、筆をとりました。

私のキャリアに少し触れますと、40代まで会社勤めをして、幾つかの職業を重ねた後に自立 しましたが、その後の15年は主に、日本人技術者の同行通訳として世界各国を訪れました。 通訳の仕事と同時に、海外の文化、歴史、またそこに住む人たちを理解することに努め、そ れを日本の方たちに伝える努力を重ねてきました。その結果として、現在まで海外渡航は30 0回以上、訪問国は100カ国近くになりました。「外国・外国語・外国人」が、私のキャリアに一貫しているキーワードでした。

しかし、今度は、その目を日本に転じ、日本を訪れる海外の方々に日本を理解して頂く手助 けをするという第三の職業人生を始めることになりました。肝心のガイディングとなります と、まだまだ未熟の至りで毎回反省を繰り返している状態ですが、笑顔と明るさと声の大き さでカバーしてお客様からは頼りになると、お褒めの言葉を頂いている次第です。

先日、マレーシアから女性ジャーナリスト5人が、小泉首相の提唱するVisit Japan Campaignの一環として、東京紹介の取材のために来日されました。3日間の行程で浅草などの 観光地から、自由が丘のスイーツフォレスト、銀座のデパ地下などをご案内しましたが、皆 さんから"キュートなガイドさん"と呼ばれ、私のトレードマークであるベレー帽の色を毎日 変えるなど、楽しいガイディングをすることができました。帰国直後にグループの代表者か ら、大変充実した楽しい仕事ができ、また一緒にお仕事がしたいとのメールを頂き、熟年ガ イドも捨てたものでもないと自信が沸いてきました。

私は若い時から生涯現役を目標としてきました。この仕事で嬉しいのは、定年の無いことです。 今までの自分の人生経験、職業経験を生かした、味のあるガイディングができればと願って います。これからも、定評のある充実したJFGの研修に積極的に参加して、諸先輩の経験を 学びつつ、肉体も精神も益々若々しく溌剌として「ガイド道」を極めていく決意をしてい ます。


志水武雄


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