吟詩談游
成田空港の到着ロビーで、中国からのお客様を待つ。
予定通りに来日されたかどうか何となく落ち着かず、なかなか出てこられないと、その不安はいっそう増してくる。
無事に出迎えることができると、今度はほっとする暇もなく、バスとの連絡や乗車案内、荷物の扱いなどに忙殺 され、空港を出発した時点で、ようやくガイドとしての話を始めることができる。
そこで私は開口一番、「有朋自遠方来、不亦楽乎」。
これは孔子の一節だが、たとえ『論語』を知らなくとも、誰もが聞いたことのある句なので、お客様はすぐに反応 してくれる。おそらく、日本人ガイドが自分たちの古語を知っているということで急に親近感が増すのであろう。 そうなれば、これから何日も続くガイド業務が円滑に進むのが約束されたようなものである。

私はツアー中、このような古典や漢詩を話の中に取り入れることが多い。
東京タワーや都庁など高いところに登ったときには王之渙の『登鸛鵲楼』を詠んでみる。

        白日依山盡              白日 山に依って尽き
        黄河入海流              黄河 海に入って流る
        欲窮千里目              千里の目を極めんと欲して
        更上一層楼              更に上る 一層の楼

霧の華厳滝 これはタイミングよく、その場の雰囲気に合わせることが肝心である。そして、難解なものではなく、誰でも知って いるようなものがいい。日中間の文化の共有性を示すことによってお客様の好感を得ることができる。
日光にお客様をお連れしたときは、華厳の滝の前で李白を。

        日照香爐生紫煙              日は香炉を照らして紫煙を生ず
        遙看瀑布掛前川              遙かに看る 瀑布の前川に掛かるを
        飛流直下三千尺              飛流直下 三千尺
        疑是銀河落九天              疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと

中国語に限らず、どのような言語にも同じような古語や古詩があるはずである。
ガイドは自国の文化を紹介するだけにとどまらず、他国の文化を理解して賞賛の気持ちを持てば、お客様は間違い なくそれを評価してくれるに違いない。
さて、『論語』で始まった長いツアーの終わりは、王維の一節でしめくくろう。

        勧君更尽一杯酒盡              君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
        西出陽関無故人盡              西のかた陽関を出づれば故人無からん

文:小玉哲弥    


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