3日やったら辞められない仕事
「気持ちは新人、技はベテラン」というのが、今の私の目指していることです。
実際、私の場合、3年前に一人息子が高校に進学するまでの間は、はとバスが催行する都内観光ツアーだけに絞っていましたから、宿泊を伴うガイドとして再デビューを果たした時には、気分だけでなく技術の面でも新人ガイドから やり直したのと同じことでした。
再デビュー時に、私をベテランと信じて、大事なツアーに初めて使ってくれたある旅行会社の担当者は、後になって当時の事情を説明した私に、「道理で、ガイディングはベテランのようなのに、何だか動きがぎこちないと思った。」と驚いていました。
3年前、そろそろ本格的なツアーをしても大丈夫かな、と思い始めた頃、ちょうどタイミングよく定期観光バスに乗ってくださった日本の企業の方に指名を戴いて、ある旅行会社から声がかかったのが再デビューの初仕事となりました。
その後も、同じ旅行会社からツアーをいただくことにはなったのですが、やはり実績のなさのためか、それからしばらくは、今考えてもなかなか一筋縄ではいかないような大変な仕事が続きました。
ベジタリアンの程度と種類がバラバラの 45 人のインドのお客様のツアーでは、インド料理連続1週間。手が黄色くなりました。雪が珍しいアジアのお客様とは厳冬の北海道で雪遊び。完全に添乗員と間違えられて毎夜深夜まで続くカラオケパーティに呼び出された某家電メーカーのツアー。その上、東京を一歩出ると全くの新人なので、夜遅く ホテルの部屋にたどり着いてからも毎夜受験生並みの猛勉強。ツアー自体は苦労した分、お客様たちと気持ちがつながって想い出深いものにはなったのですが、これでいつまで体が続くのかなと心配しだした頃から、なぜか 急に入ってくる仕事が楽になり始めたのです。自分が仕事に慣れてきて、より楽しめるようになったということもあったのでしょうが、最近、前述の旅行会社の担当者とゆっくり話す機会があり、このことを話してみました。すると「いやー、あのインドツアーが試金石だったんですよ。」と言われ、「ああ、そうだったのか!」と、3年 ぶりに納得してしまいました。当時は、なんて気難しくて仕事のしにくい担当者なんだろうと思っていましたが、今では、引き続きお世話になっているはとバスと共に、私をガイドとして育ててくれた恩人だと思えるようになりました。新人の皆さん、どうぞ最初の2年間、がんばって辛抱してみましょう!きっと、見ていてくれる人がいる ことでしょう。
仕事に慣れきったベテランにはなりたくない、といつも思っています。
私は現在JFGで通訳ガイド試験の新合格者を対象にした研修を担当していますが、そうすることで、「合格ほやほやのフレッシュな新人と接触して、その意気込みや一生懸命さを分けてもらいたい。」との気持ちがあるからなのです。
ひとつひとつのツアーを、大切にして、出会いを楽しみ、日本をあなたの言葉で説明する。ツアーが終わったとき、あなたの心遣いとガイディングに日本びいきの外国人がまた一人増えているかもしれません。
「通訳ガイドは、3日やったら辞められず、20年やっても辞められない」奥の深い仕事だと私は思っています。
(松本 美江)