文 楽
文楽すなわち人形浄瑠璃は、上方生まれの古典芸能で世界でも珍しい大人が鑑賞するための人形劇です。その起源は能・狂言に劣らず古いのですが、現在の形で上演されるようになったのは江戸時代中期と考えられています。浄瑠璃と三味線、そしてそれらに合わせて演技する人形という三者で成り立つ高度で洗練された舞台芸術です。
今回の研修会ではそのうち人形遣いとして活躍しておられる吉田蓑太郎さんを十二月公演中の国立劇場にお訪ねして、出演の合間の貴重なお時間を頂戴して実演を交えたお話を聞かせて頂きました。その後十二月公演の狂言「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」を鑑賞しました。蓑太郎さんはその悲劇のヒロインともいえるお三輪の人形を遣っておられましたが、それは師匠である人間国宝・吉田蓑助さんのもとで長年足遣いと左遣いを務めながら憧れを募らせ、今回初めて主遣いとして挑戦された大役とのことです。
文楽の人形が現在のように主遣い(頭と右手)・左遣い(左手)・足遣い(女の人形には足がないので着物の裾捌きで足があるかのように見せる)の三人で遣われるようになったのは享保19年(1734)に竹本座で上演された「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」が最初であるとされています。それ以前の人形は全て小さく単純な作りで一人遣いでした。竹本座というのは浄瑠璃の天才・竹本義太夫によって興され、後にその弟子である豊竹若大夫の豊竹座と共に竹豊時代という浄瑠璃の全盛期を作り上げました。現在の文楽の舞台にも両者の紋を染め抜いた小幕が上手と下手に掛かっています。
蓑太郎さんはその紋を見せて下さった後、実際に公演で遣われている人形を披露されました。現在でも端役の人形の多くは一人で遣う小さなものですが、三人遣いの人形は大きく、複雑なメカニズムを内部に持つ頭(かしら)によって様々な表情を出すことができます。また女の頭には、袖で口元を隠してさめざめと泣く場面を表す時のために、口に袖を引っ掛けるための針が出ているなど独特のしかけもあります。
他二人の人形遣いも動員されて実際に人形を遣って見せて下さると、単なる木偶のようだった人形にまるで魂が吹き込まれたかのように動き出し、生身の人間が演じるのと変わらなくなるから不思議です。これが、浄瑠璃の独特の語りや心に染み入るような太棹の三味線の音と共に文楽の大きな魅力の一つなのですね。
文楽は、私たち通訳ガイドが素養として知識を身に付けていなければならない古典芸能の一つであるだけでなく、日本が世界に誇れる美しい舞台芸術です。歌舞伎に比べると実際のお仕事でお客様をお連れする機会は少ないでしょうが、まだ舞台をご覧になったことのない方は次回文楽公演へお運びになることをおすすめします。
本公演は年8回、大阪の国立文楽劇場(1、4、7~8、11月)と東京の国立劇場小劇場(2、5、9、12月)で4回ずつ、それ以外の月は地方公演、年によっては海外公演にも行っています。
詳しくは国立劇場のホームページをご参照下さい。
(城山 久美子)