どうして日本人は転職しないの?
お客様からの質問をきっかけに、日本や日本人について改めて考えることがよくあります。これは日系の金融企業にお勤めの若い台湾人女性からの質問でした。台湾では数年ごとによい条件を求めて転職するのが普通なのに、同僚の東大卒の日本人男性だけが10年以上同じ会社に勤め続けているのが不思議でならないとおっしゃるのです。
まず、終身雇用・年功序列・退職金といった、能力や実績とは関係なく同じ職場で長く働いた方が有利な諸制度が転職しない日本人を生み出しているといえます。ただ、こうした制度が多少の不平等さを抱えつつも、幅広い中間層の所得を安定的に増大させ、日本の高度経済成長を支えてきたのだとも思います。もっとも、最近では終身雇用が一般的とも言い切れなくなってきました。また、多くの企業が実績による給与の上乗せや年俸制を取り入れていますし、よい雇用条件を求めた転職も珍しくはなくなっていますが…。
でも転職が少ないのは、長く勤めた方が有利だからという損得勘定だけではないような気もします。日本では、初めて社会人になって会社の上司や先輩のお世話になるうちに、知らず知らず会社への恩や忠誠心を感じるようになる人が多いのではないでしょうか。
この「恩」という概念は日本人には馴染みの深いものです。『鶴の恩返し』『浦島太郎』『傘地蔵』など、誰もが知っている昔話では恩返しがキーポイントになっています。仏教では、自分が恵みをうけていることを自覚し、恩を報ずべきことを「知恩報恩」という言葉で説いています。また武士の時代には、主人と従者が相互に利益を与え合う「御恩と奉公」という概念が武士の主従関係を成立させる重要な基盤となっていました。また忠臣蔵やハチ公が愛されている事実からは、日本人が忠誠心を美徳とみなしていることが見て取れます。
また、日本人は会社を一種のコミュニティーのようにとらえ、個の利益よりも所属集団の利益を優先する傾向があります。これは日本人の和を重んじる心に由来すると考えられます。ロングドライブの時に水田が見えると、私は2000年以上続いてきた稲作文化も日本人の協調性を育てるのに一役かってきたのだとお話ししています。米の収量を上げるには水の管理がとても重要です。しかし一つの集落で利用できる水源は限られており、村人一人一人の都合で別々に水量を調節することはできません。水源を共同で利用する人々は言わば運命共同体であり、水を最大限有効に活用するためには、生育状況や天候などをよく相談して水量の調整をし、ペースを合わせて農作業に取り組むことが不可欠だったのです。
収入やポジションが上がるからといって、受けた恩に報いるべき会社を辞めてライバル会社に転職し、自分だけが幸せになることには罪悪感を覚える…のが一般的な日本人の感覚かなあ…などと、今回も一つの質問から色んなことを考えたのでした。
(R.S)