喜ばれる喜び
通訳ガイドの初仕事から一年。あっという間だった気もする一方で、ワールドカップなど何年も前のできごとのようにも感じます。そもそも通訳ガイド試験に挑戦したのは、仕事を探していた私に「向いてそうだから受けてみれば?」と勧めてくれる人があったからで、通訳案内業とは具体的にどんなことをする仕事なのか、合格の時点ではほとんどわかっていませんでした。
“外国からのお客様を外国語でご案内する”と一口に言っても、その内容はじつに様々です。
来日目的も、たとえば純粋な観光、企業のインセンティブ・ツアーや視察、国際会議やイベントへの参加などいろいろですし、個人客か団体客か、また移動手段は何かといったことでも仕事の性格が違ってきます。さらに英語の場合にはお客様の国籍も多岐にわたります。
この一年にご一緒したお客様は英語圏始めアジア、アフリカ、ヨーロッパなど、26カ国からの方々でした。
何語のガイドさんですか?と聞かれると、”英語”という答えがいかにも平凡に思えるときもあるのですが、多様な国々のお客様に会えるのは英語のガイドならではの楽しみかもしれません。
どの仕事にもそれぞれに思い出がありますが、ごく初期の頃こんな出来事がありました。
バスの中で、茶筅や杓文字、剣山などの写真をお見せして、これは何でしょうというクイズをした翌朝のことです。年配のご夫婦が、プレゼントだとおっしゃってデパートの大きな紙袋を差し出されました。のぞいてみると中にはさらにいくつかの包みが。不思議に思いながら開けてみると、前日のクイズの”答え”が次々に出てきたのです。一体どうやって???と驚く私に、ご夫妻はいたずらっ子のように「アメリカ人だってちゃんと買い物はできるよ」と笑い、前夜ホテルに戻った後で近くのデパートへ行き、”こんなもの”と身振り手振りで説明 しながら、あっちの売り場、こっちの売り場と駆け回ってすべての品物を揃えたこと、どの売り場でも店員さんがとても親切に応対してくれて、中には次の売り場まで連れていってくれた方もあったことを嬉しそうに話してくれました。そして「これからは写真じゃ なくて本物でクイズができるでしょ」と。
まさに、お客様に喜んでいただけた喜びを実感した瞬間でした。
知識ほぼゼロからスタートして、この一年は戸惑いと驚きの連続でした。研修でひと通りは学んだつもりでしたが、やはり”見るとやるとは大違い”です。JFGの新人研修で目にしたモデルガイディングと自分のパフォーマンスの落差に落ち込むこともしょっちゅうですが、最近は「いろんなやり方があっていいんだ」と考えることにしています。お客様に安全かつ快適に旅をしていただ くというゴールはひとつでも、それを達成する道のりは通訳ガイドひとりひとりに任されているのだと。だからこそ、責任重大なうえ心細いことも多いけれど、やりがいのある仕事なのだと思っています。
(緒車 奈穂子)