観光庁と通訳案内士
10月1日、国土交通省の外局として新たに観光庁が設置されました。2003年に観光立国政策が打ち出されて以来、“2010年までに訪日外国人を1,000万人に”という数値目標を掲げ、“Yokoso! Japan”のキャッチフレーズのもと、官民挙げてビジット・ジャパン・キャンペーンが繰り広げられてきました。その結果、2003年当時521万人だった訪日外国人旅行者数は、2007年には835万人に増え、世界で33位だった海外旅行者受入数も28位に上昇しました。観光庁は観光立国の更なる実現に向け機能強化を図るために設置されたものです。
観光業は旅行業界だけでなく、宿泊、運送、飲食など様々な産業に影響を与え、雇用の拡大は勿論、人口減少で衰退する地域経済の活性化、内需拡大の切り札として期待されています。又、国際観光は、草の根交流を通じた国際的な相互理解の手段の一つでもあります。外国人は日本を訪れ、日本の自然・歴史・文化、日本人の国民性・生活習慣などを直接自らの目で見て肌で感じることができます。しかし、日本をより深く理解するには、日本に住む人たちとコミュニケーションを持つことが不可欠です。
私たち通訳案内士(通称:通訳ガイド)は、訪日される外国人に付き添い、2000年の長い歴史の中で培われた日本の文化・伝統を紐解きながら、歴史的建造物や名所・旧跡などを案内し、外国人の日本に対する興味や好奇心を満たしつつ、旅をより一層楽しく有意義なものにするお手伝いを職業としています。訪日外国人と様々な話題について、時には“侃々諤々(カンカンガクガク)”と意見をたたかわし、時には、国籍や人種を越えて心から笑いあい、“言葉の壁”に阻まれることなく旅をしながら、コミュニケーションを深めています。
ご存じない方が多いようで残念ですが、日本には「通訳案内士法」という法律があります。「通訳案内士」は、訪日外国人に正しく日本を紹介するために十分な語学力、知識、適性が国家試験により10ヶ国語で試されます。無資格ガイドの違反行為には50万円以下の罰金が課されます。これは日本を紹介する案内者の質の善し悪しが、国益、公益または国や国民のプライドに影響するからです。ただ、単にガイドの職を守るのが目的ではありません。一方、通訳、翻訳の仕事の場合、管理する法律はありません。それはこの仕事の質の善し悪しは本質的にはその仕事の依頼者の私益に帰結し、依頼者が影響を受けるだけだからです。ガイドの仕事には公益性があるということです。
政府は数値目標が達成される見通しだと喜んでいますが、Yokoso!Japan のキャッチフレーズとは裏腹に政府が国際観光振興に力を入れれば入れるほど、「通訳案内士」の資格を持たない在日外国人や外国人添乗員が、“観光ガイド”として日本各地の観光地を席巻するようになっています。日本の有資格ガイドを不要とする日本観光旅行は中国語圏や韓国語圏だけでなく、最近では西欧からのツアーにも波及し始めています。2年前に政府は観光立国の実現のため通訳案内士試験を緩和し特に韓国語、中国語の合格者数を倍増させましたが、日本の製造業における“空洞化現象”のように、日本には韓国語や中国語の「通訳案内士」が育つ環境は前にもまして悪化し、その数は今も低迷しています。
国をあげて観光立国政策を推進しようというのであれば、きちんと研修を受け日本に愛着と誇りを持って訪日外国人を迎えいれる「通訳案内士」を育て活用すべきでしょう。私たちは、これまでずっと目に余る違法行為の是正を行政や業界に訴え続けてきましたが、国土交通省は、数値目標達成のための最大の協力者である旅行会社の違法行為を、観光立国の実現という“錦の御旗”の前に黙認せざるを得ず、その内情を知る違法行為者たちの中には、「通訳案内士法など関係ない」「日本政府は我々を必要としている」と公言する者さえいます。
急激な観光立国政策はインバウンド市場のアウトロー化に拍車をかけています。法治国家の日本で、法律が公然と無視され違法行為がかくも大規模に横行しているだけでなく、それが国の意思で容認されているような法律を、「通訳案内士法」以外に知りません。このたび観光庁が発足しましたが、ここまで無法地帯と化した業界にどう対応していくつもりなのでしょうか? 今や、「通訳案内士」の忍耐は限界に達しています!
(S.Y.)