「通訳案内士法」改正に反対します。
日本政府は2003年から、海外において広く“ビジット・ジャパン・キャンペーン”を繰り広げ、訪日外国人の誘致に力をいれてきました。民主党政権は観光を成長戦略の一つとして位置づけ、地域経済活性化と雇用機会拡大の切り札として、特に、今後高い成長が見込める中国に“熱いまなざし”を向け、日本列島は中国マネーに飲み込まれかねない勢いです。しかし、9月の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をきっかけに中国との関係が微妙となり、“訪日外国人3000万人プログラム”に水がさされた感があります。
訪日外国人の70%以上が韓国、中国語圏からの観光客であるため、観光庁は昨年から通訳案内士制度の見直しを行ってきました。8月中旬に発表された「通訳案内士のあり方検討会」の中間報告は、「通訳案内士を補完する役割を担うものとして、通訳案内士の資格を取得していない者についても、一定の資質管理を行った上で、有償でのガイド業務を認めるのが適当である」と結論づけています。そして、「地方自治体や民間業者等が、育成に関する基本的な事項を定めた国のガイドラインに基づき研修を実施し、研修終了者には研修主体がガイドの認定を行うべきである」と、通訳案内士法の改正を勧告しています。
研修受講のみで特に試験を求めていないのは、「(外国語が話せる)中国人や韓国人を観光ガイドとして外国人旅行業界でも積極的に活用したい」という業界の強い要望と、「(ガイド試験に合格できなくても)外国語がある程度話せる人を地方の観光誘致のために活用したい」という地方自治体の要望に応えたものだからです。
通訳案内士の仕事や外国人旅行業界の実体をよく知らない方は、上記の説明に納得されるかもしれません。しかし、よく考えてみて欲しいのです。日本の歴史や文化等をきちんと理解していない留学生を含む中国人や韓国人に短時間の講習を受けさせ、中国からの観光客などの観光案内をさせるという国の政策は、長い目で見たとき、果たして日本にとってプラスになるのでしょうか?
中国や韓国との間には、今回明らかになった領土問題や教科書問題などを巡り微妙な問題が存在しています。観光は国の歴史や民族固有の伝統や文化等を世界に向けて発信する手段の一つであると共に、草の根レベルでの国際交流の機会です。小売り業界と同じではあり得ないはずです。今後、中国や韓国からの観光客を更に増やすという国策であるのなら、語学能力や日本歴史の知識などを備えた正規の通訳案内士の人材育成こそが、今必要なことではないでしょうか?
一方、たとえ研修を受講しどんなに知識を得たとしても、語学力が不十分なら外国人にきちんと説明することは不可能です。にもかかわらず、外国語の口頭試験も行わずに地方自治体等がガイドとして認定することに疑問を感じます。
どちらのケースも、ガイドのクオリティの低下は避けられず、訪日外国人にも日本にとってもプラスになるとは思えません。通訳案内士は、“外国人観光旅客の接遇にあたり、以て国際観光の振興に寄与する”という専門職です。政府の“訪日外国人3000万人プログラム”の人材育成の青写真は、通訳案内士法をあってなきに等しいものと改正することで、“安かろう悪かろうのガイド”をたくさん増やすこととしか思えずインバウンド業界の行く末を案じざるをえません。
先日、今年度の通訳案内士試験の口述試験が終了したようですが、観光立国に寄与する人材の育成には、毎年通訳案内士試験に合格し、インバウンド業界で活躍したいと目を輝かせて参入してくる多くの新人が、インバウンド業界で経験を積み育っていかれる環境を整備することこそが、持続可能な観光業界の発展には必要だと考えます。
上記の理由から、通訳案内士業界は「通訳案内士法」の改正に反対します。
(理事長 山田澄子)