お・わ・び・慣・れ
通訳案内業とは「外国語を使って外国人に付き添い、日本についての案内をすること」である。しかしお客様の要望は十人十色。働き始めて数年間で「私の仕事って四方八方に謝ることなのかしら?」と思うような出来事も多々経験した。
食事制限に関しては宗教や身体上の理由、個人の嗜好で生もの、魚介類、牛肉、豚肉、グルテン、甲殻類、茹で野菜、揚げ物などを摂らない方やベジタリアンもいる。旅行開始後にこのようなご希望が増加することや食事直前にお客様が言い出す時もある。通訳案内士としては難しいことを承知でも 「なんとかなりませんか」とお店にお願いしてみなければならない。酒類の持ち込みをめぐるやり取りの通訳もある。持ち込み料を支払うにしても店としてはあまり歓迎したくないのでサービスが滞ることもある。また、日本では分煙が浸透していないため、レストランやホテルでのタバコ臭に不満を訴えるお客様もいる。ホテルでのチェックイン後にアレルギーを主張したり、禁煙ルームへの変更を希望される方も少なくない。逆に「タバコを吸える場所がない」と路上喫煙する方もいる。喫煙の禁止地域や罰金を説明しても千円を安いと捉える富裕層には説得力を持たないこともある。時間感覚が日本人と違うお客様と過密スケジュールをこなしつつ、バス運転手の労働時間や安全運転できる状況を守らなければならない時もある。通訳案内士はその日のお客様の旅行全体に関わるため、ストレスの原因は例をあげれば枚挙にいとまがない。
以前は周囲からお叱りを受けた上、要望を叶えられないお客様からも苦情を受ける時には疲労困憊だった。逐次通訳と違い、双方の感情や事情を一旦受け止めなければならないからだ。しかし、これに気づいてからは「(通訳する内容は)私個人のお願いや意見ではないのですが」という立場も残しつつ、皆に共感的態度を取ることにした。そして少しの工夫や提案を加えてみることも覚えた。
例えば、街中で着物姿の女性の写真をいきなり撮ろうとするお客様には、すかさず「一緒に撮って頂けるか頼んでみましょうか?」と持ちかけ、先方には「とても素敵でいらっしゃるので『どうしてもお写真を撮らせて欲しい』とお客様が言い出されたので」とお願いしてみる。きっとどちらも気分良く過ごせるだろう。
「通訳案内士は楽しい旅の演出家」とも言われるが、これはお客様だけに向かう言葉ではないはず。通訳案内士は日本とは常識の異なる国々からやってくるお客様だけではなく、受け入れ側の日本人が楽しく過ごせるようにも配慮する必要がある。これは両方の文化を知る通訳案内士には適役かも知れない。通訳案内士はお客様にとって一番身近で信頼のおける日本人。そして、おもてなしとは美しい時間を作り出すことでもある。皆が幸せな気持ちで交流出来れば、お客様にとっての日本が温かい思い出に溢れた忘れられない場所になるに違いない。
(森脇 三智子)