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貴重な日本の伝統文化を学ぶ~「能」の魅力に迫る~

2020.1.15

JFGでは組合員個人ではなかなか手の届かない貴重な研修の場を用意してもらえる。今回は、国の登録有形文化財の由緒正しい矢来能楽堂(新宿区矢来町)での研修。講師の清水義也氏は東京芸術大学邦楽科能楽専攻卒業、二十六世観世宗家 観世清和師に師事し、重要無形文化財総合指定保持者の認定を受け、現在は、東京芸術大学邦楽科非常勤講師を勤めながら、「清水義也能の会」「澄声会」を主宰し、全国及び海外での多数の能の公演、能楽愛好家の指導・稽古、能の普及講座を行っていらっしゃる。

 

研修が始まる15分前に後方の和室観客席にて、英井麻実(はない まみ)さん(講師の清水先生の奥様)による箏曲演奏が始まって、“能の世界へのいざない’’の雰囲気が高められる。万全のお膳立て。

時間になると能舞台の切戸口から紋付袴の講師清水先生が登場。舞台中央、松が描かれている鏡板の前に静かに正座し、謡曲「高砂」の一節を謡い始められる。能楽堂全体に響き渡るその謡に、受講生たちは圧倒されて、身じろぎもせずに聴き入る。謡い終わって、清水先生の「こんにちは」という声に、みな我に帰る。「能の世界へようこそ。能は演劇の一種と考えられていますが、娯楽ではありませんので、あえて緊張感を感じて頂くために、このような始め方をしました。」 ・・・では、能とは? と講義が始まった。

 

歌舞伎は「見るもの」、能は「自分でやるもの」であるという決定的な違いや、ユネスコの無形文化遺産の第一号が歌舞伎ではなく能であったこと、能の三大要素が、「謡(うたい)」「舞(まい)」「囃子(はやし)」であり、能はいわばミュージカルである、といった解説がなされたところで、「仕舞(しまい)」を見せて頂く。清水先生のご長男清水義久君(8歳)が登場。義久君は2歳で初舞台を踏み、現在は月に数回、能の公演に子方(子役)として出演。既にかなりの場数を踏んでいる。今日の仕舞の演目は「草子洗小町(そうしあらいこまち)」。父上の謡に合わせて達者に舞われる義久君の舞は、まさに「栴檀は双葉より芳し」の感がある。

 

最初にひとりで歌われた「高砂」の「独吟(どくぎん)」を例に、能には様々な曲調があり、習うことによって、曲調の違いを知った上で能を楽しめるようになること、能は「謡を楽しむもの」であるがゆえに動きが少ないこと、また、能というのは完全分業制になっていて、主役や地謡(コーラス)を演じる人を「シテ方」といい、脇役のみを演じる人を「ワキ方」、狂言を演じる人を「狂言方」、囃子はすべての楽器ごとに分かれ、「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」、それを総称として「囃子方」といい、それぞれに役割を分担して能を作り上げること、さらにはその細かな分類・流派にまで話が及んだが、分かり易い解説で、今まで漠然としていた知識がすっきり整理できた気がした。

 

そして、能の長い歴史にも話が及ぶ。

 

西暦600年頃、聖徳太子の頃に仏教とともに能の原形「猿楽(散楽とも)」が中国から伝わり、1350年頃に観阿弥・世阿弥の親子が室町幕府三代将軍・足利義満に気に入られ、「猿楽」が一世を風靡し、戦国時代には各地の大名たちも自ら演じて楽しむようになり、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康なども大いに好んだということはよく知られている。能は日本人にとって「当たり前」のものとなり、いつでもどこでも誰でも楽しめる芸能となり、1750年頃になると、寺子屋や藩校で「謡(うたい)」を教えるようになった。

それは、能の内容が云々ではなく、正しい日本語の発音、発声を学ぶ為の手段とされたのだ。口元を見て学ぶ「口伝」のやり方で正しい日本語を学んだのだ。各地にいた大名は能役者を抱えて、いつでも能を楽しみ稽古した。中でも金沢の前田家では、殿様が庶民に対して「自分が訪問した時にいつでも皆が謡を謡えるように稽古してくれ」と指示を出した。植木職人が木の上で仕事をしながら謡を謡ったので、北陸新幹線開業の時には「空から謡が降ってくる地、金沢」というフレーズとなった。今の金沢駅の駅前モニュメントは、能の「鼓」の形をしている。

しかし明治維新後、廃藩置県で能を庇護する大名がいなくなり、能が廃れるのを憂いた岩倉具視が、皇室の方々を招待しての「天覧能」を何度も催した結果、当時の天皇陛下は神様ということになっていたので、一般庶民が見ることが出来なくなってしまい、日本人にとっても縁遠い芸能になり、「お高い芸能」と思われるようになってしまったのは残念なことだ。

 

さらに話は能の内包する世界観にも及ぶ。演劇の中で最も宗教色が強いのが能である。主役には幽霊が出てくる演目が多く脇役はその幽霊を弔い、成仏させる為に現れる旅の僧などが多い。日本は、「神」と「仏」の国、また「心」と「魂」の国である。「心」や「魂」は目には見えない。表面的な演技はせずに、謡を介して「心」や「魂」を感じてもらうわけだ。これこそが日本人らしさではないだろうか。

能に見て取れる日本人の考え方は、①儒教から来る「仁義礼智信」の五道。人に対してどのように接するのかを考え、己の身を律する。これは、武士道から能が取り込んだものである。②謡は、和歌の世界を重んじた文章が多く、「花鳥風月」などを取り寄せて作りこんであるものが多い。③また、「詩歌管弦」を重んじ、人の心の中にどれだけ訴えかけられるかがポイントとなる。日本人とは、個性より協調性を大切にし、利他主義であった。他者を大切にすることにより、自らも心を豊かにしていた。そして、死後の世界を大切にする。仏教の輪廻転生の考え方から常に死と生を身近に感じていたのだ。

 

海外の方たちにそれを説明するのは難しいが、文化の違いを知ってもらい、仏教・神道の考え方が根本にあることを理解してもらおう。能は、その題材としてはとても良いと思う。

 

クイズ形式の問答も入った講義終了後、謡の体験で「高砂」の一節を全員で学び、能は「力」で演じる芸能であることを実感した。そしてもう一度、義久君が登場して先程と同じ仕舞を拝見する。正しい立ち方、座り方、正しい発音、正しい発声を確認。最後に清水先生が般若の面をかけての「葵上」の舞。さすがの迫力である。この後、希望者が実際に面(おもて)をかけて、舞台上を歩く体験をし、また、能装束を羽織っての記念撮影を行なった。講義と実演と体験が可能な限り混じり合い、多くのことを学ぶことが出来た。海外からいらっしゃる方々に、日本の能という長い歴史を持つ伝統芸能を、誇りをもって紹介出来るようになるだろう。

(徳重 富士子)

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