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通訳ガイド体験談- 会津のサムライモニターツアー

2021.3.18

2020年11月に会津での「サムライモニターツアー」のガイドを担当しました。1泊2日のツアーでしたが、連続3週の週末に催行され、私のガイドの稼働は計6日間でした。会津若松市は近年Samurai Cityとして海外でも知られおり、2021年のオリンピック・パラリンピックで首都圏を訪れる外国人を会津に誘客ツアーのするため、モニターのお客様の意見収集が目的でした。

 

私は定年後の2015年にガイドになり、これまで様々な形態のツアーを体験しましたが、モニターツアーは今回が初めてでした。コロナで仕事が大幅減となったので、貴重な機会でした。今回のツアーのお客様は、さいたま市やその近郊に居住されている英語圏の外国人で、ALT(外国語指導助手)の方々が多かったです。1日目は、さいたま市を朝出発し、午後から鶴ヶ城を見学し、その後プロの殺陣士の指導で木刀での殺陣の体験をし、2日目は2班に分かれて安達太良山の麓の温泉源泉での野湯体験、奥会津の沼沢湖での和船体験、あるいは磐梯山周囲のヘリコプター遊覧体験を楽しんでいただき、日曜の夜にさいたま市に戻る行程でした。私の小中高時代は宮城県、秋田県、岩手県に在住していましたが、会津若松市での観光は小学校の修学旅行だけでしたので、事前に2泊3日の下見にでかけました。旅行が好きな人の楽しみのひとつは、旅行の前の計画づくりと言われますが、いつも私のガイドの楽しみは、この下見から始まります。立ち寄り箇所でのお客様の興味を引き付けるものを探したり、ガイドの動線を組立てたり、お客様にお伝えする事象の課題をみつけ、事前の調査も仕事の楽しみの一つです。

 

1日目の往路のバスの中で、幕府の親藩だった会津藩が明治新政府軍と対峙して会津戦争が勃発し、会津藩が投降するまでの歴史的な経緯を説明し、藩主の松平容保や会津藩士も西南の役で敗れた西郷隆盛と同じようなラストサムライだったことをお伝えしました。事前の下調べの効果もあり、お客様から拍手をいただき気分を良くしました。

 

また、今回のお客様は日本に1年以上在住の方々で、さいたま市と会津若松市の往復バスの運転手、同行の旅行会社の担当者の方々も含め、それぞれがコロナの感染防止をしっかりされて、私の懸念だったバスツアーでのガイドの感染防止の新たな負荷は少なくとても安堵しました。

 

1日目の会津若松市内のサムライ体験ツアーのハイライトは藩校の日新館の弓道場での殺陣の体験でした。会津のプロモーション動画で殺陣を演じた「剱伎衆かむゐ」のプロ集団の方々が指導役として、外国人のお客様に簡単な殺陣を演じていただく形でした。切り役となったお客様は、木刀を持ち最後に決めの構えをされ、映画の「サムライ」になった気分を味わいました。

(日新館での殺陣体験)

 

2日目は、サムライ体験ツアーを離れて、会津近郊での自然体験ツアーが組まれていました。私が担当した自然体験ツアーの一つは、安達太良山の西側山麓の標高1,300メートルの沼尻元湯と呼ばれる源泉を訪ねるツアーでした。地元の山岳ガイドの案内で、約1時間半の登山道を歩き、山中の源泉にたどりつきました。この源泉の場所は戦前にできた硫黄鉱山でしたが、1968年に採掘が終わり今は廃墟となっています。廃坑から湧出する毎分13,000リットルと日本でも有数な豊富なお湯は、数キロ先の温泉街の源泉として利用されていますが、大半のお湯は川となって流れ下っています。当日の日中の気温は10度C以下でしたが、数人のお客様はそのお湯の川の流れに水着姿で浸り、私は足湯だけでしたが、野湯をお客様と一緒に楽しみました。もう一つ担当したツアーは、手漕ぎの和船を沼沢湖に浮かべて湖の景色を楽しむツアーでした。沼沢湖は奥会津のカルデラ湖で、鏡のような湖面に周囲の紅葉が映り、お客様にとって晩秋の記憶を刻む素敵なツアーとなりました。私も半世紀前の小学校での会津若松での修学旅行の思い出と重なり忘れられない旅の一つとなりました。

  

(写真左:沼尻元湯での野湯体験、写真右:沼沢湖での和船体験)

(櫻井栄佐 英語)

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